No.170 マイスキーのこと
 
 

マイスキーに関する話題は実に多い。今までけっして平坦な人生ではなかったからであろうし、また、人間としての魅力にあふれた人だからでもあろう。テレビで放送されたドキュメンタリー「夢の城を求めて」は、そのようなマイスキーを様々な角度から紹介する、非常に興味深い番組であった。

先日、ピアノのダリア・ホヴォラと夕食をとりながら話をする機会にめぐまれた。ヘルシーにしゃぶしゃぶを食べようということになって、鍋をはさんでいろいろなことを話した。ミッシャの話題になったので、24年間も一緒に演奏してきたのだから、きっと何か面白い話があるにちがいないと思い、さっきから豆腐ばかり狙って食べているダリアにきいてみた。

「イタリアでコンサートをしたときの話。いつだったか覚えていないけど、その日の最後がドビュッシーだったの。終楽章になったら、ミッシャのテンポが急に速くなったのよ。私、ミッシャとはドビュッシーは何度もやっているから、なぜ?って思ったわ。そんなに速くなったことはなかったからね。もうついていけないくらい...(笑)。で、最後のピツィカートのところでバチッ!と大きな音。見たらミッシャのチェロ、‘2本’弦が切れていたのよ!どこからか気づかなかったけど、1本すでに切れていたのね(笑)」。

ダリアが推測するに、ミッシャはその日に限って予備の弦を用意していなかったんじゃないかと。ものすごい弾き方をしていたというから笑ってしまった。

そういえば今でも語り草になるのが、'88年の茅ヶ崎でのドビュッシー。この日も終楽章のおわりの方で弦が切れ、一度ステージから姿を消し、再び(少し前のところから)弾いた。ピアニストはギリロフだったが。聴き手からすると、このようなハプニングに居合わせたことは案外うれしい気もしないわけではない。

最後に。音楽ジャーナリストの伊熊よし子さんが、マイスキーについて1冊の本にまとめ、この秋に出版する予定である。楽しみである。

(2001年5月12日 ようよう ま 記)